本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

本研究の特色としては、①アメリカ研究では、これまで、隣接領域を取り入れた学際研究をその存在価値としてきたが、本研究は、隣接領域という学問分野を横断するだけでなく、研究対象を俯瞰する立場そのものを、大陸間という地球規模に置いている。「アメリカ」は、二十一世紀の今、すでに唯一の超一流大国ではなくなってきてはいる。しかし、人類初の民主主義国家を建設するという実験を行ない、自己と他者の境界線を拡張した結果、二十世紀世界の覇者となった結果、二十一世紀の今、経済、軍事、政治の面におけるグローバル規模の不安と恐怖はアメリカという存在から作り出されている。②二つ目に、本研究の独創性としては、政治・軍事のレトリックで語られるべき状況に、文学批評的洞察から光をあてることである。アメリカが国民国家を成立させてきた「同一性」とは、言葉によって理念の上に捏造されてきたと言ってもよい。文学研究の手法、および、文学研究で扱うテクストが、アメリカ国家の「半球的思考」を解明する有効な手段となるであろう。③さらに、本研究の大きな特色は、『アメリカン・テロル』出版によってテロ=恐怖の諸相にせまる際に用いた精神分析的洞察をさらに深める予定であることである。国民国家形成とその発展・拡張の流れの中、理念をもとに言葉で同一性を作り上げてきたアメリカ国家は、言葉からもれていくものを切り捨ててきた。それは、自己の内部の他者として国家の深層に潜在し、テロへむかう欲動となり、恐怖と攻撃性の二つの形として現れてくる。こうしたダイナミズムを解明するには、精神医学の概念が必要であり、かつ、精神医学の言語こそが、半球的思考の底に宿る国家の欲望と境界の不安とに届くのである。
本研究遂行により予想される結果と意義として、アメリカという国家を西半球的規模で捕らえなおした後、国家的同一性を語る危険と暴力とに対する文学的・精神医学的洞察をさぐり、二十一世紀社会へ届けるために、人文科学研究が現実社会にできる具体的提言ができればと考えている。
下河辺美知子編著『アメリカン・テロル』(彩流社、二〇〇九年)
田中久男監修・亀井俊介・平石貴樹編著『アメリカ文学研究のニュー・フロンティア―資料・批評・歴史』(南雲堂、二〇〇九年)
Dimock, Wai Chee. Through Other Continents: American Literature Across Deep Time. Princeton: Princeton UP.2006.
— & Lawrence Buell. Shade of the Planet: American Literature as World Literature. Princeton: Princeton UP, 2007.
Murphy, Gretchen. Hemispheric Imaginings: The Monroe Doctrine and Narrative of U.S. Empire. Durham: Duke UP, 2005.

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